トランスポンダーの概要

現在世界中で超小型衛星の開発打ち上げが盛んに行われています。これらの衛星を管制制御するためのコマンドやテレメトリーデータを受信するための通信にはアマチュア無線の周波数帯を使われることが増えています。しかし、日本では一般のアマチュア無線局の通信のためのトランスポンダ衛星打ち上げは無く、1996年にJARLが打ち上げたFO-29が最後です。各国では非常に簡単に使えるFMトランスポンダ搭載のアマチュア無線衛星やCWやSSBモードが使えるアナログトランスポンダ衛星は中国から頻繁に打ち上げられています。

今回、日本大学理工学部航空宇宙工学科宮崎・山﨑研究室の「NEXUS」プロジェクトに参加させて頂き、リニアトランスポンダの開発を行いました。

一般に通信機は送受信の組み合わせで出来ています。1:1または1:nの局の間で通信されます。1局から送信した信号を受信し、1局の出力を送信する伝送です。(FMトランスポンダも一番強い1局を受信して、それを複数局に向けて1局の出力の送信を行います。) 送信出力は入力1局分で良く、その出力はAGCなどフィードバックを掛け一定に制御出来ます。全体回路の温度特性もフィードバック回路で安定化して一定の出力にすることが出来ます。AMSAT-NAのFOX-92のFMトランスポンダはAGC(感度)、AFC(周波数追尾)のコントロールまで行っています。例えばドップラーシフトで周波数がずれても対応出してくれます。

リニアトランスポンダは n:nの通信を行います。衛星の受信信号強度は各n局とも違っています。そのまま同時にn局分送信しなければならず、送信出力を一定にするようなフィードバック回路は搭載出来ません。特に温度特性の変化で利得を一定にすることに注意を払わなければなりません。この点が大きく違います。

今回開発したトランスポンダのブロック図(図1)と外形写真(図2)です。

 

受信アンテナから信号に流れに添って回路の説明をします。

  • 入力BPF(バンドパス フィルタ)

衛星の受信専用アンテナから145MHz帯の信号が入りますが、トランスポンダの送信側の435MHz帯の出力から影響を与えないように、ここで十分に帯域制限をします。(135~145MHzのバンドパスです。)もし、送信の信号が入力されると回路全体が発振して異常な電波を出します。挿入損失が3.5dBとこれだけ大きいのは残念ですが、この大きさのフィルタは非常に都合が良いです。ここでは高電界入力の対策も行っています。(ダイオードでのシャント。)

  • LNA(RF-AMP)  ローノイズアンプ

uPC3237Kを使用しています。入力、出力インピーダンスは50Ωより低くなります。高くならない限り発振などの心配はありません。

  • ダウンコンバータ

1stローカル発振は190.91MHzで受信信号の145.91MHzとミックスして45MHzのIF信号を作ります。逆ヘテロダインになっています。

この目的は、ドップラーシフトの軽減(参考情報)と、ローカル発振の容易さ、スプリアスフィルタの容易さのための対応です。

1stローカル発振はVCO ADF4360-7で行います。基準発信の(1/n)*N倍をレジスターに書き込みます。更に出力レベルもレジスターでコントロールします。今回-10dBmに設定しています。スプリアスも発生していますが、基本波から大きく離れているので容易にIF段で削除できます。

  • クリスタルバンドパスフィルタ

IF段の入力バンドパスフィルタです。これにより、トランスポンダのバンド幅が決定します。45MHz帯域30kHzを使いました。1段だけではフィルタの切れが十分ではありませんので、2段にしています。更に切れの良いフィルタが必要ですが、構造の高さ制限により、これを採用しました。2個のフィルタを組み合わせて一カ所に付けるなどの工夫をして切れを良くする方法もあります。

  • IFアンプ

IF-AMPの2番目からは入力電界強度の信号を取り出しログアンプで増幅しています。コントロールマイコンでA/D変換後にバス系のメインMPU(CDH)へ送ります。この機能はトランスポンダの終段アンプをオフにした状態でも機能し、使用目的は145.91MHz帯の地球上の電界強度マップを作るのに使います。

  • アップコンバータ

uPC8172を使いました。 2ndローカル発振は390.90MHzにてIF周波数の45MHzとミックスして435.9MHzを得ます。

アップリンク  145.93MHz ~145.90MHz

ダウンリンク  435.91MHz~435.88MHz

の関係になります。

このゲイン特性から2ndローカル発振レベルを高くし温度による影響を少なく保ちます。発振のレベルはADF4360-7レジスターの書き込みで調整します。(-8dBm に設定)

  • BPF 435MHz誘電体フィルター 

ここでは435MHz 誘電体フィルターを使っています。それに2ndローカル発振の390.9MHzのトラップを入れています。挿入損失は-4.3dBです。

  • 前段アンプ uPC2771

435MHz帯の20.5dBのアンプです。前段と次段のインピーダンスの特性を合わせるアッテネーターおよびLCのフィルタが入っています。

  • ドライバーアンプAMP NE5520279A

ファイナルに十分な電力を送るためのアンプです。

  • PAファイナルアンプ

NE5520379Aを使い、+B電圧は3.5V 、バイアス電流で650mA(2.28W)が流れます。 入力レベルによって、電流は最大で900mA程度まで流れます。(AB級の設定にし、消費電力を少しでも抑えるための対応です。)

AMPからドライバー、ファイナルまで(PA部)は別基板で作られていて、銅板の上に構成されています。宇宙空間の中では熱は放出出来ない為、構造体を通してパネル面などに伝導されます。また、トランスポンダの取り付けカバーは電池ボックスの一部なっていて、電池を暖める事にも使えます。また、発振防止のためシールドカバーにもなっています。

衛星のリニアトランスポンダは打ち上げ後、JARL局として日本大学理工学部航空宇宙工学科宮崎研のメンバー、ならびにJAMSATが協力して管理、運用を行います。

今回はJARLの協力もと無事に無線局の開設が承認されました。ご協力ありがとうございました。またリニアトランスポンダの設計を行って頂きましたJH1CEP深井氏ならびに搭載にご協力戴いた日大宮崎研究室、宮崎教授、NEXUSの歴代メンバーの皆さん、JAMSATのJF1AKD小内氏を始めメンバーの皆様には大変お世話になりました。紙面をお借りしてお礼申し上げます。