このチュートリアルは軌道計算プログラム InstantTrack に付属する文書をもとにフランクリン アントニオ N6NKF (InstantTrackの作者でもあります)によって書かれました。![]() 衛星の軌道要素とは、その衛星の軌道がどのようなものかを教えてくれる一組の数字です。 軌道要素はインターネットを含むいろいろな方法で配布されています。 軌道要素を軌道計算ソフトに入力するのは簡単ですが、それを理解するのはちょっと厄介です。 このチュートリアルを書くにあたっては、なるべく簡単に読めるように試みました。 7つ (または8つ) の軌道要素
衛星の軌道を定義するには7つの数字が必要になります。 この7つの数字の組を衛星の軌道要素、あるいは“ケプラリアン”エレメント(Johann Kepler [1571-1630]にちなんで)と呼ばれます。 これらの数字により、離心率、地球に対する向き、ある時点における衛星の楕円上の位置を決めます。 ケプラーのモデルでは、衛星は決まった形と傾きの楕円の上を飛びます。 地球は楕円の2つの焦点のひとつに位置します(軌道が真円でないかぎり、地球が中心になることはありません)。現実の世界は、ケプラーのモデルのように単純ではなく、軌道計算プログラムはその分補正を加えています。 これらの補正は摂動として知られています。 アマチュアが使用する軌道計算プログラムの補正する摂動には、地球の重力場が偏平であること、大気による摩擦(ドラグ)があることです。 ドラグが8番目の軌道要素となります。 軌道要素はほとんどの人にとって不可解なものであり続けるでしょう。 私が思うに、これはまず(私を含めて)多くの人にとって3次元で考えねばならない事への嫌悪感があること、そして第2に昔の天文学者がこれらの7つの単純な数値といくつかの関連した考え方にまったくひどい名前をつけたことが原因なのです。 さらに事態を悪くしているのは、同じ数値にいくつかの違った名前が使われることです。 専門用語こそが天文力学のもっとも厄介なところなのです。 基本的な軌道要素は...
Epoch エポック 元期
[別称 "Epoch Time" "エポック時" "T0"]この軌道要素は、ある衛星の軌道を、ある時間に撮影したスナップ写真のようなものです。 エポックとはそのスナップ写真を撮った時刻を協定世界時(UTC)で表したものです。 Orbital Inclination 軌道傾斜角
[別称 "傾斜角" "I0"]軌道の楕円は、軌道面と呼ばれる平面に乗っています。 軌道面は必ず地球の中心を通ります。 赤道を通る面を赤道面と呼びますが、傾斜角とは軌道面とこの赤道面の交差する角度です。 慣習として、傾斜角は 0 から 180 度までの数字とします。 いくつかの用語について: 傾斜角がほぼ0の軌道を赤道軌道と呼びます(衛星は赤道上空近辺にいつもいますから)。 傾斜角が90度に近い軌道を極軌道と呼びます(衛星は北極と南極の上空近くを飛びますから)。 赤道面と軌道面が交差するところにできる線を Line of Nodes “2つの交点を結んだ線” と呼びます。 詳しくは後程。 Right Ascension of Ascending Node 昇交点赤径
[別称 "RAAN" "昇交点の RA" "O0" "昇交点の経度"]軌道要素の中で “もっともひどい名前で賞” をもらえるのが昇交点赤経 RAAN です。 2つの数字が宇宙における軌道面の向きを決めますが、最初の数字が傾斜角で、これが2つ目の数字です。 軌道の傾斜角を決めた後も、まだ無数の軌道面がありえます。 “2つの交点を結んだ線” が赤道のどこからの突き出すか決まっていないからです。 もし赤道のどこから “2つの交点を結んだ線” が突き出すかを決めることができれば軌道面は完全に確定します。 “2つの交点を結んだ線” は2個所から突き出ますから、その内ひとつだけを指定すれば良いのです。 交点のひとつは昇交点 (ascending node 衛星が南から北へ赤道を横切る点)であり、もうひとつは降交点 (descending node 衛星が北から南へ赤道を横切る点)です。 慣習により、RAANには昇交点の場所を指定します。 さて、地球は回っています。 ということは、一般的な緯度/経度座標を “2つの交点を結んだ線” の場所を示すのには使えません。 かわりに、赤緯/赤経と呼ぶ天文学的な座標を使います。 これは地球といっしょに回転したりしません。 赤経 (Right ascension) は角度を意味するもうひとつの変わった呼び名です。この場合、赤経が 0 であると定義されている赤道面上の空の一点から測った角度です。 天文家この点を春分点と呼びます。 昇交点赤径(RAAN)とは地球を中心にして春分点と昇交点が作る角度です。 だんだん難しくなってきました。 例を示しましょう。 地球の中心から我々の衛星が赤道を南から北へ横切って昇る点へ線を引きます。 もしこの線が直接そのまま春分点を指しているなら、 RAAN = 0 度となります。 慣例により、RAAN は 0 から 360 度までの数値とします。 春分点という言葉を詳しく説明せずに使いました。 もし多少の余談を許していただけるのなら、ここで説明をしてみましょう。 長年教師達は子供たちに春分点とは“春分の日に太陽が昇るところ”と教えてきました。 これはまたひどい定義です。 多くの先生達と生徒にとって春分の日(カレンダーの日付は別にして)なんて何のことだかわっておらず、毎年その日の空の同じ場所になぜ太陽がなければならないのかわっていないのです。 さて、あなたはもう少しましな定義をするための天文用語をすでにいくつか知っています。 地球の周りをまわる太陽の軌道を考えてみましょう。 はいはい、学校では地球が太陽の周りを回っていると習った事はわかっています。 しかし、数学の上ではどちらでもかまいませんし、この場合は太陽が地球の周りを回っていると考えたほうが都合が良いのです。 太陽の軌道はおよそ23.5度傾いています(ともあれ、天文学者はこの23.5度を傾斜角とは呼びません。彼らはもっと曖昧なThe Obliquity of The Eclipticという名前で呼びます)。 人は太陽の軌道を、それぞれ等しい大きさの季節と呼ばれる4つの部分に分けました。 そのひとつである春は太陽が赤道から昇るときに始まります。 言い換えると、春分の日とは、太陽が赤道面を南から北へ横切る日になります。 あなたはすでにその名前を知ってますね!そうです、太陽の軌道の昇交点です。 ここでやっと春分点は太陽の軌道の昇交点以外のなにものでもない事が分かりました。 太陽の軌道のRAANは当然 0 です。太陽の昇交点を他の昇交点を測る基準点にすると定めたのですから。 衛星の軌道のRAANとは太陽が赤道を横切って昇ってくる点と、衛星が赤道を横切って昇ってくる点とを地球の中心から測った角度にほかなりません。 Argument of Perigee 近地点引数
[別称 "ARGP" "W0" 近地点離角]Argument とは角度のもうひとつの装飾的な呼び名です。 さて我々は宇宙に対する軌道面の向きを決めました。 軌道面上の楕円の軌道の向きを決めねばなりません。 これには、近地点引数と呼ばれる角度を指定すればよいのです。 楕円軌道について一言... 衛星が地球にもっとも近づく点を近地点(ペリジー)と呼びます。 ペリアプシスとかペイフォーカスとか呼ばれる事もあります。 衛星が地球からもっと離れる点を遠地点(アポジー)と呼びます。アポアプシスとかアピフォーカスと呼んだりもします。 近地点から遠地点に線を引くと、 Line of Apsides “2つの地点を結んだ線”ができます。 apsides は apsis の複数形です。 さて、また複雑になってきました。この“2つの地点を結んだ線”は楕円の長径( major-axis )とも呼ばれます。 要するに楕円の長手方向の中心に引いた線です。 “2つの地点を結んだ線”は地球の中心を通ります。 我々はすでにもう一本の地球の中心を通る線、“2つの交点を結んだ線”を定義しました。 これらの2本の線が作る角度を近地点離角と呼びます。 2本の線が交わる時2つ角ができますから、正確を期すために、昇交点から近地点に向かって地球の中心から見て測った角度であると定義します。 例: ARGP = 0度であると、近地点は昇交点と同じところになります。 ということは、衛星が赤道を越えて昇る時にもっとも地球に近づきます。 ARGP = 180度であると 、遠地点は昇交点と同じところになります。 ということは、衛星が赤道を越えて昇る時に地球からもっとも離れた点を通ります。慣例により、ARGP は 0 から 360 度までとします。 Eccentricity 離心率
[別称 "ecce" "E0" "e"]これはシンプルです。 ケプラーの軌道モデルでは、衛星の軌道は楕円であるとされています。 離心率はその楕円の形を教えてくれます。 e = 0 であると、楕円は円になります。 e が 1に近づくと楕円はとても細長くなります。 (正確を期すと、ケプラーの軌道は円錐曲線ですから、真円を含む楕円であったり、放物線、双曲線や、直線であったりします。 しかし我々は楕円軌道だけに興味があります。 それ以外の軌道は、人工衛星には使いませんし(少なくとも特別にそう望むとき以外は)、軌道計算プログラムはそのような軌道を扱えるようには作られていません。 我々の用途では離心率は 0 <= e < 1 です。 Mean Motion 平均運動
[別称 "N0" 平均運動量] ("orbit period" と "semimajor-axis"に関連)これまでに、軌道面の向きを決め、軌道面上の楕円の向きを決め、楕円軌道の形を決めました。 次に楕円の大きさを知る必要があります。 すなわち衛星は地球からどれだけ離れたところを飛んでいるかということです。 ケプラーの第3の法則が衛星の速度と地球との距離との正確な関係を教えてくれます。 地球に近い軌道を飛ぶ衛星は非常に高速で、遠く離れたところの衛星はゆっくり飛びます。 このことは、衛星が飛んでいる速度を指定しても、衛星と地球の距離を指定しても、結局同じであることを意味します。 とてもシンプルですね。 速度を指定すればおしまいです。 円軌道ではない ( 離心率 > 0) 衛星においては、地球に近い時は速く、遠い時は遅く飛びます。 そこで速度の平均を算出します。あなたはこれを “平均速度” と呼びたいかもしれませんが、天文家はこれを “平均運動” と呼びます。 平均運動は一日の周回数として与えられます。 ここでは、周回や周期は近地点から次の近地点までの時間として定義します。 “軌道周期” を平均運動の代わりに軌道要素として使うことがあります。 周期は単に平均運動の逆数です。 例えば2周/日の平均運動である衛星の周期は1/2日=12時間となります。 平均運動の代わりに軌道長半径 semi-major-axis (SMA) が指定されることがあります。 SMA は軌道の楕円の長径の半分の長さであり、簡単な計算で平均運動に変換できます。 一般的に、衛星の平均運動は 1周/日から16周/日です。 Mean Anomaly 平均近点角
[aka "M0" or "MA" or "Phase" 平均近点離角]さて、軌道の大きさ、形、向きはしっかり決まりました。ひとつ残ったのは、衛星はその時どこにいるかを指定する事です。 一番最初の軌道要素 エポック が時刻を指定していますから、ここではその時に衛星が楕円のどこにいるかを指定すればよいのです。 Anomaly というのは天文家が角度を表すのに使うもうひとつの言葉です。 平均近点角は、近地点を0度として、衛星が軌道を一周する間に0から360度へと増えていきます。 よって遠地点は180度になります。 いま、円軌道(一定の速度で周回する)の衛星があり、あなたが地球の中心に立って、この角度を近地点から測ったとすると、その先には衛星があります。 円軌道でない軌道を周回する衛星は、速度が一様でないためこのような関係にはならず、この関係が成立するのは軌道上の2つの点だけです。 近地点はいつでも MA=0 になり、遠地点はいつでも MA=180 になるのです。 長楕円軌道のアマチュア衛星では、MAを衛星の運用スケジュールに使うのが一般的になっています。 衛星はMAで指定した地点に達すると運用モードを変えたり、運用を開始したり止めたりするのです。 しかしながら、このためにMAを使う時には角度を単位とするのではなく、一周を1/256にした単位を使います。 いくつかの軌道計算プログラムはこの単位でMAを表示するときに、“フェーズ”という言葉を使います。 しかし、軌道要素として入力する時には 0から360度の角度を使います。 例えば : OSCAR-99は周期が12時間であり、フェーズ240から16まで休止するとします。 これは32のフェーズの刻みの間休止すること意味します。 12時間の周期の間に256のフェーズの刻みがあるのですから、 (32/256)x12時間 = 1.5 時間の間休止する事になります。 この休止期間は近地点を含んでいることに注意してください。 長楕円軌道の衛星は近地点近くではもっとも速く移動していて使いづらいため、しばしば運用を休止します。 Drag ドラグ
[別称 "N1" "大気抵抗" "抗力" "平均運動の変化率"]ドラグは地球の残留大気により引き起こされ、衛星をらせん状に降下させます。 降下すると速度は上がります。 軌道要素のドラグは抗力やその他の関連する効果による平均運動の変化率を表しています。 正確には、ドラグは平均運動の一次時間微分値の半分です。 ドラグの単位は周回数/日/日であり、 通常とても小さな数値になります。 低高度軌道の衛星の一般的な値は 10^-4 の位の数値。 高高度の衛星では 10^-7 の位かそれより小さな数値となります。 しばしば、高度の高い衛星の軌道要素のドラグが負の数値になっています! これは納得できない話です。 地球の残留大気との摩擦が原因であるドラグは、衛星をらせん状に降下させますが、上昇させることはありえません。 負のドラグが生まれる理由はいくつかありそうです。 まず、軌道要素を算出するのに使った測定値の誤りが考えられます。 通常、比較的短時間に行われた少ない回数の観測から軌道要素は算出されます。 そのような計測ではドラグを推定するすることは非常に困難です。 ごく普通のとても小さな測定上の誤差が負のドラグを生んでしまいます。 2番目に原因として考えられるのはもう少し複雑な理由です。 衛星にはこれまで議論してきた2つの力(地球の重力と残留大気によるドラグ)の他にも多くの力が働きます。 これらの力のいくつか(たとえば太陽と月の重力)が重なり合って衛星をほんの少しながら引き上げる方向に働くことがありえます。 もし、この現象がおきている時に軌道の測定を行うと、小さな負のドラグの値が、その短期間の実際の衛星の動きに合致してしまうかもしれません。 あなたが軌道要素に求めるものは、なるべく長期に渡り、たとえば数ヶ月間、衛星の位置を正しく算出してものであってほしいということでしょう。 負のドラグは長い間におきるであろうことを正確に反映していません。 いくつかの軌道計算ソフトは負のドラグを受け付けますが、私はそれらを認めません。 負のドラグは 0 で置き換えてしまってかまいません。 その他の衛星のパラメータ以下に解説するパラメータはすべてオプションです。 軌道計算ソフトウェアはユーザーに役立つ情報を提供するためにそれらを使います。Epoch Rev エポック軌道番号
[別称 "Revolution Number at Epoch" "元期における軌道番号"]衛星が打ち上げられてからエポック時までに地球を何回周回したかを表します。これは軌道計算プログラムが軌道番号を表示するのに使われます。 NASAの公表する軌道要素の軌道番号が間違っていても驚かないで下さい。 衛星の軌道を計算している人たちはこの数字に注意を払っていません! 特別な理由でもない限り軌道番号についてはあまり気にしないで下さい。 Attitude 姿勢
[aka "Bahn Coordinates" バーン座標 BLON/BLAT ALON/ALAT]衛星の姿勢とは宇宙での衛星の向きを示すものです。 衛星の姿勢は、そのアンテナがあなたを向くようなものであることが望ましいわけです。 衛星の姿勢を決めるのにはいくつかの方法があります、バーン座標はスピン安定の衛星に使われます。 スピン安定の衛星は慣性によりいつも同じ向きを向き、アンテナは宇宙のある点を指し続けます(例: Oscar-10, Oscar-13)。 バーン座標はバーン緯度 BLAT(ALAT)とバーン経度 BLON(ALON) と呼ばれる2つの角度で構成されます。理想的にはコマンド局が衛星の向きを変えない限りこれらの数字は一定値を保ってほしいのですが、実際には少しずつ変わってしまいます。 長楕円軌道 (Oscar-10, Oscar-13, など) では、これらの数字はおよそ BLON/BLAT=180/0 です。 これは遠地点においてアンテナがまっすぐ地球に向いていることを意味します。(訳注:スピン安定状態にあるAO-40では0/0の時、遠地点において指向性アンテナが地球を向きます。"ALON/ALATについてのQ&A" に簡単な解説があります。) これらの2つの数字はちょうど地球の中心から緯度と経度で方向を表すように、球座標によって方向を表したものです。 しかしこの場合は、近地点にある時の衛星から地球の中心に向かった線が主軸 (BLON/BLAT=0/0) となります。 バーン座標系についてはフィル カーンの "Bahn Coordinates Guide"に解説されています。"Bahn Coordinates Guide Satellite Orbits", Phil Karn, KA9Q, Amsat Sat J. #7, Jan/Feb 1986, p. 7 原文 は http://www.amsat.org/amsat/keps/kepmodel.html Updated July 14, 2000. Feedback to KB5MU. Thanks to AMSAT-NA Updated Nov 28, 2000. 日本語版 Translation Tak Okamoto/JAMSAT ![]() 参考資料:ケプラーの3法則 第1法則:人工衛星は地球を中心又はひとつの焦点とする二次曲線(円、楕円、 放物線、双曲線)を描いて運動する。 第2法則:地球を中心とする衛星の運動で、一定の時間に衛星の動く動径が描く面積は等しい。 第3法則:楕円軌道の長半径の3乗と衛星が楕円の軌道を一周する周期の2乗 との比は一定である。 |