地磁気の伏角と衛星の姿勢
JAMSAT
JAMSAT 日本アマチュア衛星通信協会

地磁気の伏角の永久磁石を持つ衛星の姿勢への影響

多くの低高度極軌道に投入されたアマチュア衛星の持つアンテナは,指向性や偏波が完全な等方性を持ちませんので,衛星が無秩序に回転してしまうと衛星との通信に支障が現れます.何らかの方法で衛星の姿勢を制御して,安定した通信を確保する必要があります.

AO-6, AO-7, AO-7衛星やMicrosat系の衛星を含む多くのアマチュア衛星には,姿勢を制御するために衛星のZ軸に沿って永久磁石が組み込まれています.これを“磁石によるパッシブな姿勢制御”と呼び,衛星の特定の面がなるべく多くの利用者に向くように(すなわち人口の多い北半球を向くように)します.

さらに,衛星の四方に突き出したアンテナエレメント(金属巻尺と同じ素材)の片面を黒く,裏側を白く塗装することで,太陽光受けた際の圧力の差を利用して衛星のZ軸を中心とする回転(スピン)を与え,ジャイロ効果による安定を得つつ,損失の大きい鉄の棒(ヒステリシスロッド)をXY面に配して回転速度を制限し,ジャイロ効果が大きくなりすぎないようにします.この仕掛けを“ソラープロペラー”と呼びます.

この二つの姿勢制御により,衛星の無秩序な回転を抑止し,アンテナが効率よくユーザーの多い地域(北半球)に向くようにして,さらに衛星の特定の面が太陽に向き続けることから生ずる衛星の片焼けを防ぐことができます.しかも,この方式は貴重な電力を使いません.

このような永久磁石を持つ衛星が低高度極軌道に投入されると,打ち上げ後1-2週間の内に衛星のタンブリングは徐々におさまり,やがて地磁気の磁力線と衛星のZ軸(磁石の軸)が平行に近づくような姿勢を取り始めます.これは方位磁針を机に置いて針をはじいてやると,やがて針は回転を止め,左右に振れるようになり,そして振れが収まると針は北を示して止まるのと同じ仕掛けです.方位磁針と少し違うのは,水平方向にしか回転しない方位磁針に対して,衛星はあらゆる方向い回転し,3次元的に磁力線の向きに向こうとするということです .同時にソラープロペラによる衛星のZ軸を中心としたスピンが始まります(ヒステリシスロッドの効果で数RPM程度のゆっくりした回転です).

方位磁針のN極が北を向くのは,地球の北極側をS極とし,南極側をN極とする磁場(地磁気)があるためであることが知られています.この地磁気の磁力線は地面に対して水平ではありません.赤道付近では地面に対して水平に近いのですが,赤道から北や南に離れるに従い地面に対して傾いていきます.この地球表面の水平面と地磁気のなす角度を伏角(ふっかく)と言い,赤道上ではほぼ0度ですが,北極(磁北極)では90度,南極(磁南極)では-90度と地面に垂直になります. ある地点の地球の磁力線の向きは偏角と伏角としてあらわされます.偏角は真北から東向きに測った角度であり,伏角が水平面から下向きに測った傾きです.こちらを参照ください.地球を横から見ると,次の図のように磁力線が取り囲んでいます.地球の表面と磁力線のなす角が伏角です.



地球の近傍の磁場と低高度極軌道
(Nは北極でS極,Sは南極でN極,赤の円は1000kmの円軌道を示す)

衛星Z+面(天井)側がN極に,Z-面(底)側がS極になるように衛星に永久磁石を取り付けた場合,方位磁針と同じように衛星のN極(Z+面,天井)が北を向くようになり,たとえば赤道を横切るときにの衛星の姿勢が常にZ+面(天井)を北に向けるようになります.これは赤道上では地磁気の磁力線の伏角がほぼ0度に近く,磁力線と地面とが概ね平行になっていて,衛星の磁石にもその磁力線に平行になるような力が働き,衛星はZ軸を地球の自転軸と平行にしてZ+面(天井)を北に向けた姿勢を取るからです.これは北上軌道でも南下軌道でも同じですから,例えば北半球にある東京から赤道を越えようとするこれらの衛星を見ると,常に衛星のZ+面(天井)が見えることになります.逆に南半球のある地点からこれらの衛星が赤道を横切るところを見ると,衛星のZ-面(底)が見えます.もしこの衛星がZ軸を主軸にする円偏波のアンテナを持っていると,この時北半球の地上局と南半球の地上局では円偏波の旋回が逆に見えます.

さて,これらの衛星が軌道上を飛行して徐々に北極に向かっていくと,磁力線の伏角は0度から90度に向かって増えていき,衛星のZ+面(天井は)は徐々に地球に向いていきます.磁北極の上空を通過する時にはZ+面が真下を向いた逆立ち姿勢になります. 同様に,これらの衛星が南極に近づくと,衛星のZ-面(底)が徐々に地球を向くようになり,磁南極の上ではZ+面が真上を向いた直立姿勢になります.すなわち,衛星は,地球の極軌道を一周回する間に地球の自転軸に対して逆立ちしたり正立したりを二度繰り返し2回転することになります.日本から北極上空や南極上空の低高度極軌道衛星を見ることはできませんが,北極近くに住む人からはこれら衛星のZ+面(天井)が,南極近くに住む人には衛星のZ-面(底)が見えることになります.

では,日本の上空にあるこれら衛星の姿勢はどうなっているのでしょうか.日本の上空でも磁力線は北を向いていますので衛星はZ+面(天井)を北に向けますが,同時に磁力線が軌道に対して傾き(伏角)を持つため,衛星のZ+面(天井)が下を向いた傾いた姿勢をとるようになります.逆に南半球では磁力線は北を向いているものの,伏角が逆になるため衛星のZ-面(底)が下を向いた姿勢を取ります.このため,Z+面に指向性を持つアンテナを搭載した衛星からの信号は,南半球の地上局よりも,北半球の地上局により強く届くことになります.

でも,方位磁針の針が斜めに傾いているのを見たことがないとおっしゃる方もいるでしょう.実は方位磁針の針も,衛星と同じように針が地中を指すように傾こうとするのですが,それでは按配が悪いのでその分バランスが補正されて水平になるようにされているのだそうです.北半球と南半球ではこの傾きが逆になりますので,方位磁針のバランスの補正も逆にしなければなりません.こちらに面白い報告があります.方位磁針の斜めの傾きを知れば,およその緯度がわかるのではと考える方もいらっしゃるでしょう.確かにそうなのです.方位磁針ではなく,伏角計という方位磁針を縦にしたような計器を使って伏角を測ることでおよその緯度を知ることができることが昔から知られていました.

さて衛星の軌道上の磁力線の伏角を知れば,衛星が地磁気から力を受けて地面に対してどれくらい傾くか知ることができます.東京周辺の伏角は上空1000kmで49度ほどもあるのです.このため東京上空高度1000kmの軌道にある永久磁石付き衛星はZ+面を49度ほども地球に向けた状態になりうるのです.

東京上空高度1000kmを通る極軌道上の伏角を図示すると次のようになります.Z軸に永久磁石を持つ衛星もこの矢印の向きに傾いていく傾向を示します.図示された人は東京に立っています.足元の直線はその人から見た地平線を示します.この地平線より上に衛星があると,この人はその衛星を見ることができます.
ある地点の地磁気の偏角と伏角は ここここ で知ることができます.


東京上空1000kmの極軌道での地磁気の伏角

もし,永久磁石を持つ衛星がこのような軌道を飛ぶと,磁力線の向きの変化に追従して姿勢を変化させていきます.矢印の向きが永久磁石のN極の向き,すなわちZ+面(天井)になります.この人がその衛星の姿勢を見ていると,衛星が南の地平にあるときに衛星のZ+面を見ることになりますが,北の地平に衛星があるときには衛星の側面を見るであろうことがわかります.

この様子は北上軌道でも南下軌道でもかわりません.ただ衛星の永久磁石が受ける力が比較的小さいことと,衛星がZ軸を中心としてゆっくりとはいえスピンしていることによるジャイロ効果により,衛星の姿勢の変化は,地磁気の磁力線向きのの変化からやや遅れると考えられます.このため,北上軌道と南下軌道で衛星の傾きが異なり,北上軌道では衛星のZ-面を見る可能性があります.Z軸を主軸とする円偏波のアンテナを持つ衛星ではZ+側から見た時とZ-側から見た時では円偏波の旋回方向が反転しますので,地上局が円偏波のアンテナを使用する場合は旋回方向を切り替えないと大きな減衰が生じます.また衛星が受ける力は地磁気の磁力に比例し,地球の磁極付近で最も大きくなります.衛星の姿勢の変化は伏角の変化だけでなく多くの要素に影響を受けて複雑な様相を呈すと考えられます.

衛星と地上局との通信を確保するためには,衛星の持つアンテナの指向性と偏波特性を理解し,また衛星の地上局に対する姿勢を理解することが不可欠です. 上記から推定される衛星の姿勢と,衛星の持つアンテナの特性とを考え併せることにより,地上局が用意すべきアンテナを検討する一助とすることができます.またこの衛星の姿勢の変化の様子を,テレメトリで得られる各ソラーパネル面の発電量の変化や,衛星側のアンテナの特性を理解したうえで偏波面を容易に変化させることができる手持ちアンテナや旋回方向を切り替えられるアンテナを使って衛星からの信号を受信観測してある程度理解推定することができます.いずれの方法にせよ,1000km以上先にある衛星の姿勢の変化の様子を,自分の手元に感じることができるのはなかなか興味深い体験となることでしょう.

注記:
  • FOシリーズの衛星も永久磁石を備えていますが,ソーラープロペラーは持っていません.
    FO29衛星に搭載されたアンテナについてはこちらを参照ください
  • AO-51は極性反転可能な永久磁石を備えて,極性切り替えによる姿勢変更により南半球へのサービスを改善できるようになっています.
    AO-51衛星についてはこちらを参照ください

Reference:

文責 岡本健男

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